ジャニーズは顔だけではない

 私はジャニオタである。関ジャニ∞から始まり、ジャニーズJr.にも推しを何人か持つ十五年選手の生粋のジャニーズオタクである。エッセイと呼ぶには烏滸がましいいくつかの文章を書き終えたところで、私のジャニーズオタクとしての立場を、『芸術とエージェンシー(Art and Agency)』(1998)でアルフレッド・ジェルが提唱する人類学的な芸術理論を参考に見つめ直そうと思う。

 

 この本の中でジェルは芸術とは何であるかを、これまでの記号学的、美学的な芸術の研究ではなく、芸術作品が社会的関係の中でどう働いているのかに焦点を当て、人類学的に解き明かすことを試みている。この本の中で紹介される「芸術作品」は、フェミニスト活動家であったメアリー・リチャードソンによって切り裂かれたベラスケスの『鏡のヴィーナス』や、偶像崇拝や邪術に使われる人形、トロブリアンド諸島のクラ交換で使用されるカヌーの装飾など、私たちが一般的にイメージする、謂わゆる美術館などに展示される絵画などだけではない。ジェルにとっての芸術作品は、「世界を変えることを意図した行為のシステム(2018吉田)」である。切り裂かれた『鏡のヴィーナス』が世界をどう変化させるのか、あらゆる社会関係の中でどう働いているのか、それがジェルによる人類学的芸術研究なのである。

 

 ジェルは、芸術のネクサスという理論で作品を中心とした社会関係を説明している。芸術のネクサスとは、描かれた絵が「インデックス」として、驚きや思索を巡らせるような何かを思い起こさせる「アブダクション」を引き起こすことで形成される諸関係を指す。ある作品を見た私は、その作品「インデックス」に何かしらの力「エージェンシー」を受けて、アブダクションすることで、私と芸術家は作品を中心に関係が結ばれる。また、芸術家はその作品を制作するにあたって参考にしたものや原型となる風景などとの関係を結ぶ。こうしてネットワークはどんどん広がっていくのである。

 

 この考えは、私たちジャニーズオタクを取り巻く世界においても、同様に起きていることなのではないかと考えた。私たちは、あるジャニーズタレントを見る。それは歌番組で歌って踊っている姿かもしれないし、バラエティでのトークやドラマでの演技の一場面かもしれない。その姿はインデックスとなって、私たちにアブダクションさせる。彼はどういう人なのだろうか、彼のトークのエピソードの裏にある彼の性格やグループの中での立ち位置、ダンスが上手い人であるならその練習量やこれまでの努力など、様々に思いを巡らす。その時、私たちは、彼のあらゆる背景をある一定の範囲以上追うことができなくなり、彼の持つ時間的・空間的深みを見ることになる。それは深ければ深いと感じるほど、私たちは彼から目を離すができなくなる。

 

 ジェルは、フェルメールの作品を例に、その緻密さや描写過程の複雑さを追い反復することが難しくなり、それを認知上の障害とし魅惑の源泉であると考えた。ジェルはその魅惑こそが、思考の罠として作用し目が離せなくなのだと説明した。ジェルが言うように、私たちもまたジャニーズタレントの途方もない努力や挫折、諦めてきた普通の人としての生活、私たちが知る由もない彼の持つさまざまな葛藤や人間関係を見ようとする。しかし雑誌やトーク場面で一部は見ることができても、その全てを追うことはできない。その時々で下した彼の決断の結果を見ることしかできないのである。こうしたジャニーズタレントの持つ魅惑は、私たちをつかんで離さない。こうした彼と彼を取り巻く関係、そしてそれを鑑賞する私で構成されるネットワークはまさにジェルのいう芸術のネクサスと同じではないだろうか。逆に言えば、こうしたアブダクションを起こさせないジャニーズタレントは売れないのだろう。私は常々、自分がどういった基準で推し選ぶのだろうと考えており、その一つの答えが物語性であると結論づけた。この物語性とは、ジェルのいうアブダクションできるかどうかではないかだろうか。アブダクションできるということは、彼自身が物語性を内包しており、私はそれを感じて彼を応援したくなる。この物語性は、ジェルの言葉で言い換えれば「伝記的」である。人類学固有のこの伝記的な焦点の深みが、作品を芸術たらしめる。そして、ジャニーズタレントもまたそうなのである。

 

タイトルに戻る。ジャニーズは顔が全てではない。これまでジェルの提唱する人類学的芸術理論における芸術のネクサスと照らし考えることで、この考えはより明確となった。もっと言えば、売れているジャニーズタレントは顔ではないということだ。これは、顔の良さだけではアブダクションしても限界があり、認知上の障害に成り得ないからだと考える。繰り返しにはなるが、アブダクションの先に物語がないと、私たちはオタクとしてハマりきれないのである。顔が良いのは飽きるとはこのことかもしれない。売れているジャニーズタレントは皆物語性を持つ。私の推しはかつて「残酷さもエンターテイメントになるし、ドラマになる(1)」と話していた。私たちは、ジャニーズタレントが直面する残酷さを待っているのかもしれない。その残酷さから立ち直る成長エピソードこそ私たちが見たいジャニーズのエンターテインメントなのだろうか。キラキラした彼らの後ろに広がる私たちには想像し得ない物語が、私たちオタクを奮い立たせ応援させる原動力になっているのだろう。

 

(1)『Travis Japan【赤裸々告白!】ジャニーズJr.ライブ&ドキュメントDVD「素顔4」発売記念インタビュー』よりhttps://youtu.be/c51_tZhmh24.   (2022/7/29閲覧)

 

 

参考文献
Gell、Alfred 1998 Art And Agency:An Anthropological Theory .Clarendon Press
吉田ゆか子 2018 「アルフレッド・ジェル」、『はじめて学ぶ文化人類学』岸上伸啓(編)、ミネルヴァ書房